今朝、主人が仕事に行ってるはずなのに物音がしたので起きたら
氣持ち悪くて仕事を休んでおりました
その時に
自分の無意識に氣づきがありました
冷や汗かいて
横たわってる主人を見た瞬間
「私、何が悪かったのかな?」
「夕飯かな?」
「買い物に行かせたからかな?」
と原因を
過去の昨日の自分に探し始めていました
主人の体調が悪い
以上。なのに…
これは無意識の
受動的な反応だったんだと気づきました
受動的って本当に
無意識なんですね
「私のせいかも…」
と反射的に出てくる
自分では普通に考えているつもりでも
自分を原因にしていました
少しずつ
自分の無意識の反応のパタ―ンに氣づけるようになって来てたんですが
原因探しが
【 秒 】
で起こるんですよね
でも
その後に自然と
「今、私にできることは何だろう?」
という意識に切り替わりました
主人の背中をさすり
お水を用意して
話を聞いて
落ち着けるように寄り添いました
ここで感じたのは
「原因探し」
と
「今できることを選ぶこと」は
全く違うということ
受動的だと原因を探しやすくて
自分や相手
環境を責める方向へ流れやすいんだと
一方
能動的は
「今ここで私は何を選ぶ?」
「私にできることは?」と
自分の行動へ意識が戻ってくる
さらに氣づいたのは
「受動的」は本当に
日常の細かい反射の中に潜んでいるということ
「私のせい?」
「嫌われた?」
「間違えた?」
「ちゃんとしなきゃ」
そんな一瞬の自動的な反応に氣づけないと
知らないうちに沼へと入ってしまう
そうやって長年
無意識で生きてきた私
だから最近は
「あ、昔の古い私のパタ―ンが発動してる
」と
氣づけたら
それだけでも大きな一歩なんじゃないかと感じています
今回の出来事を通して
私は原因を探す存在ではなく
今ここでできることを選ぶ存在でありたい
と思いました